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2015年9月

2015年9月28日 (月)

北欧調

北欧の文字であろうロゴとかわいいイラスト、そして何よりビビッドなカラーが特徴的なパッケージ。同じカジュアル系の紅茶でも、英国のそれとはイメージがひと味違う( 過去の関連記事 )。

ところでこのパッケージにはLOVと書いてあるが、調べると Kusmi Tea (ロシア紅茶)と同じ会社のセカンドラインで、北欧をイメージしたオーガニック紅茶のブランドとのこと。で、結局はフランス製なわけ?そうですか、はい。

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2015年9月23日 (水)

ミュージアム巡り164 ミレー

バルビゾンの村( 過去の関連記事 )には、バルビゾン派を代表するミレーのアトリエ兼住居も残っている。

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裏庭へは入れなかったが、覗いてみるとなかなかいい雰囲気だった。

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そして入口。ノックをして、おじさんが奥から出てくるのを待つ。

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アトリエは比較的天井が高く、北側には大きめの窓があって、壁には彼の複製画がたくさん架けられていた。

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居室は天井も低く、狭い。この地で活動した他の画家たちからすれば成功した先輩なのだろうけれど、決して豊かな生活だったようには感じられない。

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そして代表作「晩鐘」もこの地で描かれた。皆に愛されている名画だけあって、レストランの看板にもなっていた。

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2015年9月17日 (木)

ミュージアム巡り163 バルビゾン

ここはバルビゾンという田舎の小さな村。パリからはセーヌ河の更に上流にあたり、フォンティーヌブローの森の入口に位置する。この地名を冠するバルビゾン派という画家のグループが活躍したのは印象派が生まれる直前で、ミレーやコローが屋外で描いた風景や農民の姿が良く知られている。

当時この地に集まった画家たちの多くは貧しく、それでも彼らを受け入れてサポートしたガンヌという人の宿屋が残っていて、今ではバルビゾン派美術館として公開されている。

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建物は道路に面した長屋のような形で、いかにも宿屋っぽい感じだ。そして部屋の中の壁には画家が描いた絵がところどころ残っていて、これはいくらなんでも図に乗りすぎ、あるいは逆に大家も寛大すぎじゃないのかと思った。

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それでも落書きに混じって雰囲気抜群の風景画なんかもあって、まあ許してやろうかということだったのかもしれない。

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まるで発掘された古代の壁画のようなものもある。

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ああもう、扉の板にまで描いてしまっている。やりたい放題だな、これは。

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もちろんここは美術館、ちゃんとキャンバスに描いた作品も展示してある。

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いちばん心に残ったのはこの小作品。これは欲しいかも。

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2015年9月14日 (月)

Nike

サモトラケのニケ Nike of Samothrace( 過去の関連記事 )は、英語的にはナイキと発音して米国のスポーツブランドでも有名になっている女神の像だ。我が母校のエントランスホールにもこの原寸大の石膏像があったので、自分にとってはなじみ深い。そのくせ若い頃はずっとサモトラ家が所有していたものかと思っていたけれど、ギリシャのサモトラケ島から出土したものを意味していることは言うまでもない。

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彼女はルーブル( 過去の関連記事 )でも特別扱いで、一番目立つ空間に天窓からの自然光を浴びて神々しくそびえている。実はしばらく修復とクリーニングで見れなかったのが、今年から展示が再開されている。間近で見ると、そのほんのりと赤みを帯びた大理石の質感を伴って、生命の躍動感のようなチカラを感じることができる。前に見た時にはさほど感じなかったけれど、それが今回の作業のおかげなのかどうかはわからない。

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ところでニケは、こういう風に船に乗っているって知ってました?勝利の女神が船に乗っていることから、海戦での勝利を祝ったもの等の説があるそうだけど、この不思議な魅力を持つ像を鑑賞するのに史実は不要だ。実は彼女の腕もその後の発掘で見つかっているそうだけど、ルーブルには余計な修復だけはしないでいてもらいたい。

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そしてやっぱりここでは相変わらずの人気。一番目立つ場所なだけに、残念ながら近くで静かに鑑賞するようなことは許されないようだ。

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2015年9月 9日 (水)

科学的

パリ第6&7大学 Pierre and Marie Curie University はフランス理系大学の頂点と言われ、実際に多くのノーベル受賞者を輩出しているとのことだ。パリ市内にあるキャンパスはモダンな建築で、細い柱列に支えられて浮いているような外観が特徴的だ。

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近くで見ると、そのピロティの要(かなめ)となる部分には太い橋脚のような円柱があって、このユニークな構造を成り立たせているようだ。なんとなく科学的な印象があるのは先入観からだろうか、それとも建築家が大学の特性を意識して設計したからなのか。

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2015年9月 3日 (木)

ミュージアム巡り162 ロワール川のほとり

フランスの真ん中を悠遊と東西に貫くロワール川の、その中流域にあるアンボワーズという小さな街。その川のほとりの、小高い丘の上に建つ白い古城が Château d'Amboise アンボワーズ城だ。

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ここは川の交通の要衝。最初は要塞として建てられ、その後戦争による破壊や城主による増改築を繰り返し、後には歴代のフランス王家の居城となった歴史がある。なんとなく城壁の中がガランとして感じるのは、現存している部分が少ないからとのこと。

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さすがは世界遺産、城の中は意外とこぎれいに整備してあって、当時を意識したであろう家具や装飾が置かれている。どの部屋にも欠かすことなく生花が活けられているのが印象的だった。

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中世にフランス王として統治していたフランソワ一世が居城として使ったとのことで、王家の紋章と奥さんの実家の紋章が暖炉などに刻されていた。

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城からの眺めはこんな感じ。この時、ロワール川は雨が続いたせいか少し濁っていて、水位も高くて河原の樹木があちこちで水没していた。

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そして街側を見下ろす。この道を少し行ったところに、先日紹介したダビンチの館クロ・リュセがある。( 過去の関連記事 )。フランソワ一世は晩年のダビンチをイタリアから呼んで、自ら幼少期を過ごしたという近くの館に住まわせたのだ。

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ふと横を見ると、鳩さんも街を見下ろしていた。同じく歴史に思いを巡らせているのだろうか。

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そして城内には、そのダビンチが眠るかわいい礼拝堂がある。自分の家の庭に埋めるのってペット感覚じゃないのかとも思えるが、それほど王はダビンチを慕っていたのだろう。

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白いユリが手向けられ、安らかに眠っていらっしゃるようだ。

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近くには、いつの時代のものかわからないが大理石の胸像もあった。遠く何を見つめているのだろう。はるか故郷の風景なのか、それとも果たせなかった夢なのか。

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