2017年11月24日 (金)

イズム

このネオンアートのメッセージは、「なんとかイズム」とひとくくりにされることに対する批判なのだろうか。アーティストが作品を発表するということは、即ち世の批判にさらされるという運命にあるのだろう。どんなに頑張って新しいスタイルをクリエイトしたとしても大雑把に他人の作品と同じグループにカテゴライズされてしまうというのは、アーティストにとっては苦痛なのかもしれない。

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2017年11月10日 (金)

難民

ここ数年で、中東から数百万人もの難民が欧州に押し寄せる事態になってしまった。しかもあっという間に。その対応の違いからEU各国の溝を深めてしまっていることは報道にあるとおりだ。

そして、地中海を決死の覚悟で渡ってきた難民たちが実際に身に着けていたライフジャケットを素材としたインスタレーションが、横浜美術館のファサードを覆っていた。これは中国の、今では社会派アーティストと呼んでもいいだろう Ai Weiwei によるもの。

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これを身に着けた人は家も財産を失い、場合によっては家族をも失い、決死の渡航に高額の報酬をブローカーに搾取され、命かながら逃げて欧州にたどり着いている。それぞれ今、どこでどんな生活をしているのだろうか。

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そこで使われたゴムボートも、丹下建築のファサードに容赦なく並んでいる。その後ろにそびえ立つ墓石とも揶揄されたランドマークタワーの無機質なデザインと、この命のシンボルとなった赤いゴムボートとのアイロニカルなコントラストも、アイウエィウエィの狙ったところなのだろうか。

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2017年10月23日 (月)

ローランサン

マリー・ローランサンと言えば、グレーにピンクといったパステル調のかわいい作品が想起されるが、そんなイメージどおりの絵と数年前、絵画はあまり置いていないはずのパリ装飾芸術美術館( 過去の関連記事 )の一画で、ポツンと壁に掛けられているのに遭遇した。その時の一枚がこれだ。

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若い頃に見に行った蓼科高原のマリー・ローランサン美術館がいつの間にか閉館になっていて、今年の夏に赤坂のニューオータニ内で再開された。実は先日、たまたま近くの会社で所用があったので、毎度のごとく閉館間際に駆け込んだ。それでふと、この絵のことを思い出したわけだ。

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あまり彼女の生い立ちを知らなかったのだけど、赤坂の美術館の解説によるとパリでブラックやピカソ( 過去の関連記事 )らアーティスト達との親交の中で画家のキャリアをスタートしている。詩人アポリネールとも恋仲だったとの記述もあった。しかしその後、ドイツ人と結婚した頃に運悪く一次大戦が始まって、フランスにいられなくなって亡命生活となってしまった時期の作品は実に暗く、まるで別人の作風だった。戦後に離婚してパリに戻った頃から、時代の風潮もあったのだろう、彼女のカワイイ作風が炸裂している。そして老年に至るまでずっと、そのスタイルで作品を制作し続けた。

同世代の東郷青児もそうなのだけど、見方によっては作風がイラスト調、悪く言えば大衆的で、世間のアートの評価軸とは少し異なる世界に感じられる。これは、おそらく彼女の作品が高く評価されてこなかった理由のひとつなのかもしれないし、逆にカワイイものが好きな日本人に受け容れられやすかったのかもしれない。現にこの美術館は、ローランサンのコレクションでは世界最大だそうだ。

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2017年9月15日 (金)

公開制作

ギャラリーの一室がそのままアート作品になっているこれは、教室をモチーフにしたのだろうか、あるいは教育に対する何らかのメッセージなのか。壁一面が黒板になっている。

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そしてアーティストはこちらの方。

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そう、来場者が自由に参加でき、その変化していく様が作品そのものなのだ。参加型アートと言うよりは、公開制作に感覚が近い。何年か前、ポンピドゥーセンターにて。( 過去の関連記事

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2017年9月 1日 (金)

素描

ダビンチ、表記はダ・ヴィンチが正しいようだが( 過去の関連記事 )、とミケランジェロの二人の企画展が今、都内で行われていて、珍しく素描が何枚か来ているというので見てきた。

ちなみに先日紹介したミケランジェロの彫刻( 過去の関連記事 )は、同じ展示会のものだ。

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決して大きくはないそれら素描に近づいて見ると、超極細の線で描かれているのがわかるが、これは鉛筆ではなく Silverpoint (銀筆)という金属ペンのようなもので、金属粉が付着しやすいように特殊加工を施した紙に描いていたそうだ。褐色なのは経年変化によるもので、元々は金属の色、すなはちこの場合は銀色だ。ハイライト部分にチョークを使うところは今とあまり変わっていないけれど、描いた線そのものは簡単に消しゴムのようなものでは消せなかっただろう。

しかし当たり前だけど、二人とも恐ろしくスケッチが上手い。この二人の天才が同時期にイタリアで活躍していたというのも、本当に奇跡だと思う。

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2017年8月28日 (月)

ミケランジェロ

ミケランジェロの彫刻は、そのほとんどがローマかフィレンツェへ行かなければ見れないけれど、今年の夏めずらしく日本に来ていることはあまり知られていない。しかも至近距離で360度のアングルから鑑賞でき、写真も撮れるという貴重な機会だ。

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この作品はローマの教会に納めるはずだったのが、製作途中で大理石の模様がよりによって顔に豊齢線がごとく出現してしまって、モチベーションを失い未完成のまま放置されたものだという。結局教会には別の像を作り直して納品したので、今でも行けば見れるはずだけど、それはポーズが異なり両手で十字架を支えていて、写真で見る限り迫力に乏しく、未完成ながらもこちらのほうが力強く魅力的に感じた。

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若い頃にローマまで見に行ったことがあるけれど、彼の作品で角の生えた筋骨隆々のモーゼ像があって、これはそれとほぼ同じ頃の作品だそうだ。

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見よ、未完成ながら、この背中の迫力。実は彼のドローイングにも背中の描写が多いのだが、それは単に背中フェチだっただけではなく、人の内面を表現する上で重要だと考えていたに違いない。

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得意の筋肉表現はもちろん、強い意志と深い悲しみの交錯する複雑な表情までを、大理石を刻んで表現するという奇跡。まさに天才彫刻家だ。いやあ、いいものを見せてもらいました。

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2017年8月18日 (金)

ムーア好き

比較的あちこちで見る英国の彫刻家ヘンリー・ムーア( 過去の関連記事 )の作品。特に日本の美術館では当たり前のように目にするのは、もしかして日本人はムーア好き?

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彼の作品は抽象度合いが程よくて理解がしやすく、造形的にも優しい印象のものが多いので、見ていても楽しいものが多い。

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中にはこんなのもあったりする。確かに、カワイイもの好きの日本人には好まれるのかもしれない。

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2017年7月21日 (金)

ジャコメッティ

イタリア国境に近いスイスの山村で生まれ、パリで活動したジャコメッティの企画展が、この夏に都内で行われている。A4サイズのパンフレットは、広げると縦長のポスターになるというちょっとしたアイディアのデザインで、彼の作品との相性も考えられていて素敵だった。

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図録は買わなかったけれど、前売り券を買うと立派な解説パンフレットがついてきた。この三人の男は、パリの街角を行き交う人々を切り取ったかのようなクールな作品だった。

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二次大戦をはさんだある時期、彼の作品は矮小化を続け、展示の中にはマッチ棒の半分くらいの彫刻(と呼ぶのかな?)まであった。中にはいい感じのものもあって、持って帰りたい衝動に駆られたくらいだ。

一方その反動もあってか、晩年には大型の作品も手掛けていて、見上げるような作品三点は公共の場に置く目的で制作されたこともあるのだろう、写真撮影が許されていた。その中のひとつ、この女性像は百済観音に通ずるオーラのようなものを放っていて、思わず拝みたくなった。

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彼は友人である哲学者の矢内原伊作(二人の交友を文脈的に捉えた企画展がかつて葉山であった)や、同じくアーティストである弟のディエゴ( 過去の関連記事 )など、身近な人たちをモデルにした作品を数多く制作している。モデルが少しでも動くと絶望の表情をしたそうだけど、まるでセザンヌにまつわる話のようだ。実際、彼はセザンヌの作品をこよなく愛していて、模写までしている。

この巨大な男の頭部もきっと、そういった中の誰かだったのだろう。対象の実体が浮かび上がるまで執拗にストロークを重ねた彼のスケッチの多くにあるように、実に重層的な表現だ。

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そしてパンフレットの表紙にもなっている、歩く人。わき目もふらずに、まっすぐに。いささか前のめりなその様は、まさに彼の生き様そのものではないか、と書くのは少々評論家気取りかもしれない。

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2017年5月26日 (金)

モディリアーニ

パリで活動したイタリア人、モディリアーニ。昨年に来日していたこの作品は、その平面的な表現のせいか、それとも極端にデフォルメされた「なで肩」のせいか、何となく和風に感じる。昔、事務所にいたMさんにそっくりだ。

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あたかも仮面の目の穴のように描く彼の作風には、いったいどういう意図があったのだろうか( 過去の関連記事 )。日本人は目から、しかし欧米人は口元から相手の表情をつかみ感情を伺うと聞いたことがあるが(サングラスをかけた人に不安を感じるのは日本人だけ?)、彼の絵を見て我々が覚える不安感の理由は、まさにそこにあるのかもしれない。

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そしてこの男性像は、乾いた空気感や地中海的な色味がイタリアっぽい。事務所にいる若手のM君にそっくりだ。

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2017年5月22日 (月)

リュトン

上野の東京国立博物館に展示してあった、中近東で発掘されたという紀元前の土器。造形的にも完成度が高いので驚きだ。持ち手が付いているけれど、コップだとしたらどうやって飲み物を入れて置くのだろう、もしかして酒を注がれたら置くことを許されないで飲み続けるしかないヤツ?と思って調べてみると、どうやらこれは儀式用の器で神聖な水(あるいは酒?)を入れるとヤギの口から流れ出るように穴が空いているとのこと。リュトンと呼ぶらしい。諸説あるそうなので興味のある方は調べてみては?( 過去の関連記事

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